情緒の安定と自立(平成8年度)5月

新入園児を迎えてしばらくは慌ただしい毎日でした。この時期の園長や主任、クラスを持たない先生たちの役割は、毎年のことですが、泣いている子の世話が中心となります。


今年もしつかりと泣く子がいました。
朝、大泣きしながら3才児の〇君がお母さんと車でやってきました。正門の前に立っていた園長が、今日一日、その子の世話をすることになりました。
「お母さんとこへ行く!お母さんとこへ行く!」と泣きながら訴えます。「そう、お母さん大好きなんだ」
「うん」とうなずいて、また泣きだします。「お母さんとこへ行く!」
「でも、園長先生はお母さんがどこにいるか知らないもん」と言うと、正門まで手をひいて行き、「あっち」と言って帰る方向を指差します。「でも、歩いて帰ったら車にひかれるよ」というと、「はしっこを歩けばひかれんもん」とちゃんと主張します。その時、ちょうど、自転車がはしっこをはしっていたので、「はしっこだって、ほら、自転車とぶつかっちゃうよ」というと、納得したのか、泣きながらもだっこされることを拒否しなくなりました。園庭に入っても、泣き止みません。


「そうか。ボクは泣くのが好きなんだ」「うん」と言ってまた泣き続けます。
やぎや羊、うさぎさんのところでは、ほかの子供たちが餌をあげています。「うさぎさんのとこ行こう」と連れて行っても泣いています。「やぎさんとこ行こう」と連れて行って、「ほら、えさを食べてるよ」といっても「お母さんとこ行く!」と泣くだけなのです。


しばらくして、ほかの子供たちが、全員、部屋に入ってしまいました。
下に落ちていたキャベツを拾って「これ、やぎさんにあげてごらん」と手渡すと、受け取って、恐るおそるやぎにやると、すぐ食べてくれました。「ほら、食べたよ!もっとあげる?」と聞くと「うん」とうなずきます。ここだと思い、「餌はね、ぼくの部屋の前に、先生がカゴの中に入れてくれているよ。ほら、あそこに有るでしょ。」
もう、泣き止んでいます。距離を保つことにしました。
「自分で取ってきて」と言うと「うん」と言って、小走りで取りに行きました。
「わあ、すごいすごい。いっぱいいっぱい持ってきたね」
泣いている時も、ほかの子が餌をやっているのをちゃんと見ていたのです。自分もやりたかったのだと思います。やぎさんにあげます。羊さんにもうさぎさんにもあげます。一気にあげてしまいました。
餌が無くなってしまいました。


園庭に転がっているボールが有ったので「サッカーをしよう!」とすかさず誘いを入れると、のってきました。しばらくボールけりが続きました。 元気いっぱいです。
そろそろだと思い、「あっ、みんなおやつをもらっているよ。お部屋に行こう」と誘うと、「家で食べるから、いらん」と言います。「わあ、すごいよ。バナナも食べてるよ。チョコレートも食べてるよ」と大げさに言うと、相変わらず「家で食べるもん」と言いながらも、部屋の方を気にしているようすです。「そっとのぞいて見ようか」と言うとついてきます。 窓を少しだけ開けてやり「ほら、見てごらん。おやつ食べてるよ」というと、のぞいています。担任もお部屋へと誘ってくれます。それでも入ろうとしないので、「もうすぐお母さんが迎えにきてよ。かばんをとっておいで」というと、さっさと部屋に入っていきました。


次の日からは、元気いっぱいで、昨日のことがウソのようです。今でも毎日、動物にやる野菜をかばんいっぱいに持ってきてくれます。
毎年、泣く子がいますが、2、3日もすればみんな元気いっぱいに登園してくるようになります。入園当初泣く子は、もともと、しっかりとお母さんと関わりが有る子だけに、初めてお母さんと別れるのが一寸だけ不安だっただけで、そのことをしっかりと受け止めてやりさえすれば、安心して幼稚園にこれるようになります。幼稚園の様子が分かるとすっかり元気を取り戻します。泣いている子どもの付き合い方のポイントは、その子の話をしっかりと聞いてやることです。泣きながらも自分の気持ちをしっかりと話してくれます。「そう。そうなんだ」と相槌を打ってやっていると、その子の気持ちが段々と落ち着いてきます。


子供の自立は、心の安定が支えとなります。お家の方としっかりと関わって育った子供は、情緒が安定しています。情緒の安定が有って初めて自立心が芽生えるのです。2、3歳の頃、公園の砂場で知らない子が遊んでいると、お母さんの手を振り払って、砂場まで駆けて行くことがよく有ります。お母さんが後に居てくれるから、初めて出会った子どもたちの所へ勇気を持って入り込めるのです。情緒の安定は、後に居てくれるお母さんと同じで、自立の支えとなるのです。
情緒の発達と安定は、お母さんやお父さん、まわりの人たちからの愛情を一身に受けて育つことによって育まれます。


先日、年長組の女の子がなきながら登園してきました。「どうしたの」と聞くと「お母さんが私のことをグズだと言っちゃった」と訴えます。きっと仕事に行かれるお母さんも急いでいて、もたもたしていた子に、つい出てしまった言葉だとは思いますが、子供はすっかり傷ついたのです。


子育てしているとイライラすることが一杯有ります。「早くしなさい」「だめよ」等、ついつい出てしまいます。指示ばかりして育ててはいませんか。子供はそんな言葉からお母さんの愛は感じません。焦る気持ちを押さえて、見守ることが大事なのです。ちょっとだけ時間を掛けて見守ればよいのです。見守られていることが自立を促すのです。「愛されて育つ」ことが情緒の発達と安定を促し、自立していくのです。子育ては、お母さんがゆったりとした気持ちで焦らないで育てることが大事なのです。そのためには、お父さんもお母さんに優しく接してあげて下さい。お母さんの支えはお父さんなのです。

えんちょうのえほんこうざ

このページでは、現、理事長の伊達正浩が園長をしていた頃、毎月発行される園だよりに連載していた「えほんこうざ」という絵本についてのお話をご紹介します。

子供達がこれから出会う絵本が心を豊かにしてくれますように!ぜひ参考にしてみてください。

えほん こうざ

●絵本を毎日読んであげましょう。

絵本のある生活は心豊かにしてくれます。絵本を読みきかせることによって、親の口から、リズミカルで詩的で文学的な言葉が流れてきます。子供達は、お父さんやお母さんの膝に抱かれたり添い寝をしてもらって、親の愛を感じながら心地良く聞き入ります。そして、絵本の絵と今までの生活経験を手掛かりにして、想像力を働かせ理解を深めていきます。それと同時に、親子の共通の生活経験にもなります

●楽しんで読みましょう。

絵本が好きになると、子供達は毎日読んでもらうことを要求してきます。忙しくても、面倒がらず、親子の触れ合いの素敵な時間だと思って、楽しみながら読んであげてください。
 良い絵本とは、読み終わったときに「あー、楽しかった。」「おもしろかった。」と子供達が感じる本です。一冊の本が、子供を楽しませれば楽しませるほど、その本の内容は、子供の心により深く残るのです。

●読みっぱなしにしてください。

楽しくするためには、教えよう、教えたいという気持ちを押さえることが大切です。解説したり感想を求めたりしようとしないことです。
 読みっぱなしがいいのです。読んでもらった後、子供達はその余韻を楽しんでいます。大人が、映画館を出たとき、しばらくは主役の気分でいることがありますが、そんな気分なのです。そっとしておいてください。絵本ぎらいにさせるのは、しつけに使ったり、感想を求めたりするからです。

●絵本から育つもの

絵本は子供が初めて出会う世界・発見の世界・主人公になれる世界です。「見る・感じる・考える・理解する―そして、再び見る」どんどん広い知識を吸収していきます。
 物事をじっくり考えたりする思考力や判断力もつき、自分の考えをしっかりと持つようになり、相手の違った主張や考えがあることも理解できるようになります。やさしい心、美しいものに憧れる心、思いやりの心や相手を許す心も育ちます。
 そして、語彙も増え、言葉の世界が拡がり、読書好きで読解力もつき、全てのことの、考えの基礎となり人間性豊かに成長します。また、学校での各教科の理解力が高まり、勉強のできる子になります。

絵本の買い方選び方

いざ絵本を買おうとすると、たくさんの絵本があってどれを買ってあげようかと悩むことがあります。子供が小さければ小さいほど難しく感じます。私自身、わが子に初めて絵本を買ってあげた時には2時間もかかりました。今まで絵本に対して余り興味を持っていないお父さんにとっては至難の技なのです。いろいろな絵本があり過ぎるとお母さんも迷ってしまいます。そこで、絵本の買い方・選び方について触れておきます。

●全集(セット)などでのまとめ買いは疑問です

「子供に読ませたい絵本50選」とか、「〇〇の選んだ絵本100冊」とかセットにしたものや絵本全集等、何十万円もするものを売っていますが、余り感心しません。セットになっている本の一冊ずつの定価を足すと確かに割安にはなっていますが、売れない本との抱き合せをしてある場合が多いように思います。一度にまとめて買うことは、その子の興味とは関係無く、どっさりとありますから、興味や感動を与えません。
それよりも、その時その時の気持ちや時期、季節や環境を大切にして一冊ずつを選びながら買うことの方がずっと素敵です。なぜなら、今現在の子供の事を一番良く知っているのはその子の親だからです。そして、一冊ずつ買ってもらう度に、喜び感動しますから、嬉しさを何回も味わうことができます。プレゼントやおみやげは、おもちゃでなく、絵本が最適です。

●絵本を手にとって自分で読んで見てから選んでください

この話は知っているからと、表紙だけ見て買うのではなく、実際読んでからにしてください。読んでみて、自分で感じるものがある絵本を選びましょう。心に響きがあるもの、ユーモアのあるもの、文がきれいでリズミカルなもの等がポイントになります。

また、絵にも感じるものがあることが大切です。名作シリーズ(しらゆきひめ・小公女・みにくいあひるのこ等)のダイジェスト版はあらすじだけですから原作者の意図は伝わりません。また、同じ題名でも何種類もあります。読み比べてください。原作は狼に食べられるのに「狼と仲良く暮らしました」とか、子供に媚びたハッピーエンドものも感動を失います。怖い話をドキドキしながら心の中で葛藤して聞くことは、感情を自制できるようになるためにも大切なことなのです。簡単には、〇〇作〇〇文〇〇絵と明記してあるのを選んでください。

再話(昔話や伝説をもとに絵本にしたもの)の場合でも、その絵本の作者自身の主張が感じられるものが良いと思います。いずれにしても、毎日絵本を読んであげているうちに、良い絵本が選べるようになります。

良い文とは

●子供が入っていける世界の文であって欲しい。

子供達は、読みきかせする言葉を手掛かりとして、又は絵を手掛かりとして、もう一つの世界に入り込んでいきます。しかも、聞き手(子供)と絵本の主人公が一体化して、自分が主人公の気持ちとなって聞き入っています。ハラハラドキドキしたり、悲しんだり、楽しんだり、一緒に食べたり、冒険したりしています。そして、やがて本を閉じて現実に戻っていきます。そういう本文であって欲しいのです。


絵本で大切なのは、その中に盛り込まれている知識や情報の多さではなく、言葉そのものなのです。そのためには、より文学的で詩的な言葉、耳から聞いて本当に分かりやすく、楽しくユーモアがあり、リズミカルで美しい文章の絵本が良い絵本ということになります。そういう絵本を選ぶのには、お父さんやお母さんの感性をより豊かなものにしなければなりません。そのためには、お父さんお母さんが絵本を楽しみながら数多く読んでみることが必要となります。仕方なしに読んであげているという気持ちをすてて、子供と幸せで素敵な時間を過ごしているのだと思ってください。

●ストーリー性があることが大事です。

前のページと関係なく突然に話が変わる(あるいは途中を省略してある)のは子供が困惑するだけです。前ページとのかかわりが大事となります。そして、作者自身がちゃんとテーマを持って、作者自身の言葉で書いている本、子供の世界を子供の発想で描いている本、幼児の生活に共通する事柄の本は子供に共感を与えます。「あっ、ボク(わたし)の世界だ」と本の中に深く入っていきます。このような本は子供の発想力を刺激して、その働きを活発にします。

●「おおきなかぶ」(福音館)で具体的に説明します。

「おばあさんは まごを よんできました」「うんとこしょ  どっこいしょ」「まだ まだ かぶは ぬけません うんとこしょ」と、繰り返しながら、だんだんと人数が増えてきます。

リズミカルな文で次のページでは誰が加わるかと期待を持たせます。そして、登場してくるのは子供達にも身近なものばかりです。最後はねずみが加わって「やっとかぶはぬけました」で、ホッとします。ユーモアもあり期待も持たせます。子供達の身近な世界で、この簡単でリズミカルな言葉、この楽しさが子供を本のとりこにするのです。

子供達は身近な動物や食べ物、乗り物の登場する本、ちょっと怖いけど覗いて見たい、現実と空想の世界の交差するおとぎ話、そんな本が大好きです。