おいしくなぁれ!チンカラホイ!─田植え(2025年5月30日)

心地よい春は、いつの間にか過ぎ、時折、夏を思わせるような日差しの中で汗をかきながら遊ぶ子供達。今や、地球温暖化もあり日本の四季が“二季化”するのでは?とも言われていますが、日本における生きるもの全ての生態系が壊される事なく、当たり前の季節が当たり前に廻って来る事を願うばかりです。

 今月の中旬、年長組の子供達が我が家の田んぼの一部で田植えを経験しました。今年で20回目になります。もともと、全く田植えの経験もなかった私が農家に嫁ぎ、田植えの作業の苦労をよそに、ただただ面白そうだったので、これを幼稚園の子供達に何とか経験させてやれないものだろうか?と家族に相談した事をきっかけに今は亡き義父に協力してもらい始めたものです。

 砂場や園庭にできた水たまりとは違う、田んぼのドロドロヌメヌメした感触や、広く歩いたり走ったりできる解放感。そして、そのまま手で柔らかい土壌に苗を植える楽しさを味合わせたかったのです。正直なところ“お米の大切さやありがたみを感じさせたい”とか“田植えの大変さを知り、食べ物を大切にする気持ちを育てたい”といったような目的は後付けだったかもしれません。とにかく、この水田の中に入って泥んこになって喜ぶ子供達の姿を想像すると実現させずにはいられなかったのです。そうして始まった三次中央幼稚園の田植え───。 

 今年も、子供達は我が家の田んぼの土壌が可愛い足跡で凸凹になるほど楽しんでいました。植える前には、私の主人から田んぼへの入り方や苗の話、植え方、おにぎりの話をしてもらい、いざ!田んぼの中へ!今まで味わった事のない感触に子供達はそろりそろりと無言で入って自分が植える場所まで歩きました。一握りの苗をもらい、植える本数だけ分け取って指先で挟むようにしてヌルヌルズボズボ~っと用心深く植えていました。慣れない事に真剣に向き合う子供達の姿は頼もしいやら可愛いやら面白いやら……でした。手がドロドロになる事がイヤな子は、苗の根っこではなく、先端を持って泥の中に…、勿論植えるのではなく泥の上に置くだけになってしまうので、苗は倒れてしまいます。その子が指で苗を挟んだ手を私が持って一緒に泥の中に植えると、要領がわかり、まんざらでもなかったようで、それからは自分で植えて行く事ができました。

さあ、一生懸命に植えた後は、田んぼの端まで泥んこになって競走です。それまでの慎重な顔つきは、緊張から解き放たれたような表情になり「キャーキャー」と大はしゃぎで走ります。泥に足をとられ転んだり尻もちをついたりして泥んこになっても、大人達も子供達も笑顔です。その様子を見て、泥んこ競走はさらにエスカレート!有明海の干潟に現れるムツゴロウのように這って楽しんでいました。カエルを捕まえたりもして、泥の感触を全身で味わっていました。

 この笑顔が見たかったのです!!この歓声を聞きたかったのです!!子供達の緊張した顔も真剣な顔も解放感に満ちた顔も、どの顔も楽しそうでした。ひとしきり楽しんだ後、自分達が植えた田んぼを見渡して子供達は、「チンカラホイ!のおまじないをかけておかないと!」と苗の成長を楽しみにしながら呪文を唱え帰って行きました。

以前、この田植えを経験した子のお父さんが「車に乗せて走っていたら、“あっ!お父さん!ここにも田植えがしてある!あんな風に植えたんだよ!”“あっ!こっちの田んぼにも植えてある!”と、田んぼを眺めてはしゃいでいました。経験したら物の見方や感じ方が変わるんですねぇ。経験するって大切なんですね~」と言ってくださった事があります。先日の田植えの後も、たくさんの保護者の方から「家に帰ってから“楽しかった!また田んぼに入りたい!”って言っていました。」「出かけた時、田んぼを見ては“きれいに植えてあるねぇ”と今まで素通りするだけの景色もこんなにたくさん田んぼがあったんだと新しい発見だったようです」「ごはんを食べながら、田植えの話で盛り上がりました。」と、いろいろな話をしてくださったりおたよりをいただいたりしました。経験するという事で、当たり前に食べているご飯が、お米からご飯になるまでの事を知り、(へえ~そうだったんだ)と意識がそこに向きます。おいしいご飯を食べながら、自分が植えた苗の事やみんなで泥だらけになって走った田んぼの事を思い出したり、今頃、どれだけあの苗が大きくなっているだろうか?と考えたり、妙に美味しく感じたりするかもしれません。物の成り立ちやありがたみにも興味を持つようになるでしょう。初めは、面白そうだったから始めた幼稚園の田植えでしたが、子供達の食育や意識づけもできるような気がします。我が家の娘達は、この家業の大イベントをもう何年も見てきました。当たり前すぎて大人になってからは、田植えの見方も変ってきましたが、田植えと言えば、親戚にも手伝ってもらい、おにぎりやおやつ、時にはお弁当を持って田植えの様子をピクニックにでも来たかのように楽しんだものです。手植えをしたり、田植え機に乗せてもらったりスケッチブックを持って行って田植えの様子や働くおじいちゃんやお父さんの絵を描いたりもしていました。大人にとっては、大変な作業の仕事でも、子供達にとっては、いろいろと楽しめる経験なのです。農作業に携わるご家庭も少なくなってきて、子供達が実際に経験するチャンスもなかなかありません。この経験が、子供達の心の中に残るだけでも、食べる事への意識が変わるでしょう。

田植えが終わって、ひとりの男の子に「ごはんとパンどっちが好き?」と聞くと「う~ん、パン!」と容赦ない返事……(涙)。その屈託のない返しを受けて、次は、「ごはんが好き!」と言わせてみたい!と、秋の稲刈りに向けてすでに燃えている大人気ない私です。