“いたずらっこ”──そういえば、最近世間の会話の中にあまり聞かれない言葉になったような気がします。“いたずら”と“悪行”との大人の捉え方に区別がなくなってきているという事かもしれません。
子供達のいたずらには、私達大人は多かれ少なかれ振り回されてしまいます。その対応には、心身共にほとほとくたびれてしまうというのは、誰もが経験された事ではないでしょうか?子育てをする間には、ママ達の仲間うちでしばしばこの“いたずら”を嘆く会話がなされます。
ある病院の待合室でのママ同士の会話が耳に入ってきました。「聞いて!うちの子ったら雨ふりの日に長靴や靴を外へいっぱい並べて、雨水がたまるのを面白がって見てるのよ。信じられなかった。おまけに傘まで逆さまにして雨水を受けて…。勿論自分もびしょ濡れよ!この子頭がおかしくなったのかと思ったよ。いけない事ってわからないのかしら!いったいどんな子になるんだろう!!」──そう話をしている母親の隣には、聞いているのかいないのか、3歳にやっとなったぐらいの男の子が座っていました。母親の目線からして、その子はこの話題の提供者と思われます。看護士さんの忙しそうな動きをじーっとみていました。もう一人のママは、「うちの子も悪いのよー。静かにしてると思ったら、大概悪い事をしてパパに叱られてるよ。ほんと!最近叱る事ばっかり!!」と答えておられました。その時点で、そのママたちの間では、お互いの子供達は、“悪い子”に決定されてしまいました。
ですが、私には、その子がどうしても“悪行”を働いたとは思えないのです。ましてや“悪い子”だなんて…。面白そうじゃあないですか、どんどん降って来る雨が深い長靴に溜まっていく様子や、傘で雨を受けるポツポツとかザーッ!っという音を聞くのは。
濡れた靴や傘は乾かせば済むはなしです。その時に感じた愉快な気持ちや子供なりの発見や驚きが、きっとたくさんあったはずなのです。目を輝かせて雨水が溜まっていく様子を気長に気長に見ていたはずなのです。何かを考えながらじーっと…。この状況を想像すると、頭ごなしには叱れません。むしろ私なら、後ろからその子のそんな姿を静かにいつまでも見ていたくなるほど可愛く思えたでしょう。
これは、“いたずら”です。だけど、この“いたずら”というのは、子供にとっては“学び”なのです。いたずらをするためには、結構知恵が必要です。この状況をどうやって楽しもうか?どうやってこの事態を乗り越えようか?と知恵を使い体を動かして、何とか自分の力でやってみようとするのです。興味を示しているのです。
いつも“いたずら”は自発的で自主的です。こう考えたら、すごい事だと思いませんか?大人が思えば、(よくこんな面倒くさい事を思いついたものだ。)と逆に苦笑しながらも感心してしまいます。赤ちゃんがティッシュぺーパーを箱から何枚も何枚もひっぱり出すのも、たたんである洗濯物を散らかして遊ぶのも、テーブルや壁に落書きをするのも、“学び”なのです。おもしろいと思う事から、(どうして?)と不思議がり、何度も何度も繰り返し、その内(なるほど、こうしたらこうなるんだ)という発見をするのです。大人は、この貴重な経験を“いたずら”という言葉でひとまとめにしていますが、子供の世界では立派な“学びの時間”なのです。
その様子が一番よく見られるのが、幼稚園でいうとさつき組満3歳児クラスです。さつき組の保育室に行くといつも「こりゃこりゃ~」「ありゃりゃ」と困っているんだけど楽しそうな…叱りたいけど許しちゃう…そんな先生の声が聞こえます。さつき組は、在籍3人のクラスですが、3人の目が合えば“いたずら”のスイッチが入ります。先生が保育のために準備していた細長く巻いた画用紙をいつの間にか持ち出して、剣の代わりにして遊んだのか、しばらくして保育室に持って帰った時には、ヨレヨレグシャグシャになっていました。リサイクルバザーの準備物が置いてある部屋に入り、先生達が折り紙を貼って作った模擬店のポスター…少しめくれていた部分、そこを剥がしてみたらおもしろかったのでしょう、どんどん3人でめくってしまっていました。その部屋に残されていたのは、無残に折り紙が剥がされたボロボロのポスターでした。そこには、3人の姿はありませんでした。
先生が、子供達を呼んで「これ、どうしたの?」と聞いたところ、「あのねぇ、いっしょにビリビリしたんよぉ。」と普通に答えたといいます。だって、その子達にとっては、悪い事だなんて思っていないのですし、あそびの一つに過ぎなかったわけですから。勿論、その場で「これは、大切な物で破ってはいけなかったの。」という事は教えてやらなければ、規範意識を養うチャンスを逃してしまいますが、それよりもここで大切なのは、その子達を見て、一度は微笑んでやれるかどうかです。いきなり悪い子だと叱らないでください。学ばせてやるチャンス到来!と笑ってやってほしいのです。
こうして“いたずら”を経験していくうちに良い事といけない事、そして物事の成り立ちや仕組み等も学ぶ事にもなるのだと思います。幼い頃のいたずらは、成長の証です。さあ、夏休みです。子供達はどんないたずらで攻めて来るでしょうか?
2007年7月19日 4:04 PM |
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6月20日は、理事長先生の誕生日でした。その少し前に“三次中央幼稚園”と“子供の館保育園”そして“子供の城保育園”の職員全員が集まって行われた研修会があり、その席で理事長先生にお祝いの花束を贈りました。その時のご挨拶の中で、理事長先生はご自分のお生まれになった時代背景を語られました。自分が生まれる少し前に太平洋戦争が始まった…そんな時代です。当然ですが、理事長先生がこの世に生を受けられた頃の事は、私達は知りません。理事長先生の話を聞いて、初めて(ああ、そういう時代だったんだなぁ)と理事長先生の歴史を知るのです。そして、話してくださる理事長先生もまた、この誕生日を機にご自分の歴史を振り返られたと思います。
この世に生を受けるという事は、それはそれは神秘的で素晴らしい事なのです。その日は、誰もが祝ってくれる日です。ましてや、元気で毎年この日を迎えられるなんて、これだけ危険や悪が蔓延している世の中…、当たり前のようだけれど、よく考えれば、とてもありがたい事なのです。全てのものに、この『誕生日』があります。この記念すべき日にはそれぞれの人や生き物の歴史やドラマがあるのです。
『誕生日』をそんな風に考えた事がありますか?誕生日を案外簡単に迎え簡単にその日を終わらせてはいませんか?ましてや、私だけでしょうか、25歳くらいまでは、誕生日を迎える事は一大イベントでしたが、それを過ぎればスーっと誕生日を見送りたくなる心境に駆られるのは…。でも、40歳台になると逆に開き直りかどうかわかりませんが、自分のこれまでの歴史や今まで私に関わってきてくれた周りの人達と絡ませて人生を振り返れるようになりました。
幼稚園では、どの子のお誕生日にもどの先生もが「おめでとう!」と祝ってやれるように、前日の職員会議で自分のクラスの誕生日の子をその都度紹介し合います。その子の『誕生日』を大切に思い、その子にもそれが自分にとって特別な日であるという事を感じて欲しいからです。
よく「お誕生日おめでとう!」と声をかけると「ありがとう!今日ね、おもちゃを買ってもらうんだぁ。」とか「おすし屋さんに連れて行ってもらうんよ。」などと嬉しそうに話してくれる子がいます。誕生日には、何かを買ってもらえるとか、どこかへ連れて行ってもらえる日という感覚になってしまっていないかとふっと感じます。勿論、プレゼントをしてやりたくなる大人の気持ちも、もらって嬉しい子供の気持ちも極々当然の事だと思います。ここまで大きく育ってくれた事の喜びを形にしたいのです。ですが、ただ、「おめでとう!」と祝うだけでなく、その時に「あなたが生まれた時はね…」と誕生のドラマを語ってやってほしいのです。祝ってくれる家族からその時の想いや、様子などを聞かせてもらえば子供達はどんなに望まれて命を授かったか、どんな想いで自分を育ててくれていたかを感じてくれるでしょう。
娘達が9歳と7歳だった時、姉妹喧嘩をしている様子をみて叱った事がありました。初めは些細な事だったのに色々言い合っているうちに、あとに引けなくなったのか、上の子が、「お母さんは、こんな私なんかいないほうがいいって思ってるんでしょ!!」と言い放し、二階の部屋に駆け上がってしまいました。しばらくの間あまりにも静かなので気になって様子をのぞくと、自分が生まれた時のアルバムを見ながらしくしく泣いていました。「なに見てるの?」と声をかけると、突然私に飛びついて「ごめんなさい。私がいけなかった。」とわんわん泣きながらあやまったのです。
落ち着いて話を聞いてみると、色んな人に抱っこされている写真を見て、こんなに大切に想ってくれているのに、なんてひどい事を言ってしまったんだろうと、「“ごめんなさい”の気持ちでいっぱいになった。」と言いました。それから、娘が私のお腹に宿るまでの事や、長い年月を経てやっと授かったときの感激、お腹にいる間の事、生まれる瞬間の事をたくさん話してやりました。そんな色々があって、今の自分がいるという事を知ってどのように感じたかはわかりませんが、それによって娘は娘なりに自分の生きている意味や喜びを感じる事ができたと思うのです。
生まれてわずか3~5年しか経っていない幼児でも、そんな話をしてやれば、本当の“『誕生日』を祝う意味”を感じてくれるような気がします。そして、今もその時と変わらぬ愛で守られている事を実感するでしょう。自分の歴史の始まりを誕生日に話してやってください。そうすると、『誕生日』が家族の繋がりの深さを感じあえる特別な日になるのでは?と思います。
誕生日だから…と物品で満たされる一日よりも、幸せな気持ちで満たされる一日にしてやってください。子供達だけではありません。お父さんお母さん方にも、この私にも自分の誕生のドラマがあります。子供の誕生を心から喜び慈しむ家族の愛は、親から子へ…子が親になり、その親から子へといつまでも繰り返されるのです。
さてさて、理事長先生はご自分の誕生日をどんなお気持ちで過ごされたのでしょうか?また、どんな赤ちゃんだったのかにも興味津々…。
2007年7月1日 3:46 PM |
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5月13日の日曜日は、母の日でした。皆さんのご家庭では、どのような一日を過ごされたでしょうか?街では、どこの花屋さんもカーネーションであふれていました。遠い場所に住んでおられるお母さんに送られるのであろう郵送用にラッピングされた花も、いい香りを漂わせていました。幼稚園では、先生や友達と一緒にお母さんへのプレゼント作りに子供達は張り切っていました。新入園児も慣れないクレパスを使ってお母さんの顔を描きます。年中・年長組では、のり・はさみ・クレパス全ての用具を使って工夫しながら作ります。難しくても少々大変でも、頑張って作っていました。途中で休憩する子はあっても「もう作らない!やめる!」と投げ出す子は一人もいません。だって、大好きなお母さんへのプレゼントですから……。
かく言う私も“お母さん”。ちょうどその日は、朝から所用で出かけておりました。忙しくしていたので、実家の母へのプレゼントと亡くなった義母の仏前に供えるお花の手配をして、それからは、すっかり母の日の事を忘れていました。用事を済ませて、帰宅したら、玄関にまで漂ういい匂い……。部屋に入ってみると、インターネットで開いたレシピを見ながら主人と二人の子供が、ハンバーグを作っていました。テーブルの上には、娘達からのメッセージが添えられたかわいいお花が飾ってありました。その日の夕食のメニューは、ハンバーグと大根の酢の物と畑で採って来たさやまめのマヨネーズ和え(?)と実に独創性に富んだものでした。手伝おうとしても「お母さんはいいのいいの、ゆっくりしていてほしいの!」と拒みます。できあがるのが楽しみでしたし、何より私のことを一生懸命喜ばせようとしている三人の姿がとっても嬉しかったです。
園長先生にも、広島で一人暮らしをしている娘さんから“おかあさんありがとうメール”が届き、私にも読ませてくださいました。とても嬉しそうでした。
翌日、園バスの中で子供達に、こんなふうに聞きました。「昨日は母の日だったけど、お母さんに何かしてあげた?」──すると、子供達から、「おすしを食べた。」とか「“ありがとう”って言ったよ。」とか色々とお母さんを喜ばせてあげた事が覗えました。そして、「ねぇ、お母さんの事、好き?」と聞くと当然「うん、好き!」と答えました。「どうして好きなの?」と“優しいから”とか“きれいだから”という返事を期待して聞くと、ある子がすごく悩んで、ぼそっと「ママがそこにいるから…。」と言いました。また、ほかの子に同じ質問をすると「好きなんだもん。」─「だから、どうして?」と再び聞くと「好きだから!」「好きだから好きなの!」と言い切られてしまいました。
そうなんです。よく考えたら愚問でした。理由なんてないのです。だって、ママの事ならどんな事でもどんな時でも大好きなんですもの。理由にならない言葉にならない気持ちなのでしょう。実際、自分でも聞かれたら、返事に困ると思います。“好きなものは好き!”ですよね。ただ、お母さんが自分のそばにいてくれる生活は、子供達にとって当たり前の事で、お母さんの存在が自分にとってどんなものであるか等考えているはずもありません。どんなに大切な存在かなんて、毎日の生活の中では考えることもないのではないでしょうか。『母の日』は、この日を機に“自分にとってお母さんって…”と考える日、お母さんを見つめる日のような気がします。
だんだん大人に近づき、それまでお母さんにしてもらっていた事を自分がするようになってきた時、やっと本気で“お母さん”について想うようになるもののようです。(毎日のご飯作りは大変だったろうな。)(私が病気した時は心配かけたなぁ。)(お母さんも苦労して、私達を育ててくれたのね。)等いろいろ想うと、お母さん像がどんどん大きくなってくるのです。だけど、きっとその時お母さんは、大変だとか辛いとか苦労だなんてちっとも思わず、私達を大切に…ただただ愛して育ててくれたと思うのです。だって、皆さんも、お母さんとなられた今、無償の愛で子育てをしておられるでしょう。いつの時代も“お母さん”の何の見返りも期待しない子供にむけられる愛は“静かなる大きな存在”なのです。気づこうとしなければ気がつかない愛情なのかもしれません。
お母さんの存在の大きさに気づいている子は、お母さんを大切にします。「好きだから好き!」という具体的な言葉がみつからないくらいの感覚で、当たり前の存在でいいと思いますが、一年に一度くらいは、心から“お母さん”に「ありがとう。大好き。」って言わせてやって欲しいと思います。これは、お母さんのためだけでなく、無償の愛をたっぷりもらっている子供達のためにも大切な事だと思うのです。
そのためには、お父さんをはじめまわりにいる家族の“お母さんの愛”に気づかせてやる言葉かけが必要です。「今日は母の日だから、何かプレゼントしたら?」──ではなく、お母さんの話を家族みんなでするだけでも、純粋な子供達は気づきます。『母の日』はそういう日のような気がします。お父さん!母の日こそ父親らしく…お願いしますね。そして今月は『父の日』ですからね。
2007年6月1日 3:32 PM |
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新年度が始まり1ヶ月が経とうとしています。お子さんの近頃の様子はいかがですか?(進級・入園当初は、調子よく登園してくれていたのに、最近になって朝の仕度に気分が乗らないみたい。)あるいは、(初めは泣いていたのに、今では慣れたのか、楽しそうに登園できるようになった。)……子供達の気分はめまぐるしく変化します。(昨日は泣かなかったのに、今朝はお母さんから離れられなかった。)と、昨日と今日では全然違う、といった様子もよくある事です。子供達は、「3歩進んで2歩下がる」を繰り返しながらゆっくりゆっくりと成長していくもののようです。
初めての社会生活は、子供達にとって実に新鮮で興味深いものである反面、そこに身を置く緊張感や不安はかなり大きいと思います。意識していなくても、新しい環境に慣れようと必死なはずです。どうぞ、お家に帰ったお子さんを「お帰り!」と温かくしっかり受けとめてあげてください。その時に「疲れたでしょう。」とか「しんどかった?」なんて言わないでくださいね。疲れたりしんどかったりするのは、様子を見ればわかります。あえて、自覚させなくてもいいのです。「疲れた?」と聞かれたら「うん。とっても疲れたよ」と答えたくなってしまいます。それよりも優しく微笑みをもって「お帰りなさい。」の一言で迎えてあげればいいと思うのです。これは、疲れていても明日への意欲を持たせる私流のコツです。ホッとした気分にさせてあげればそれでいいのです。
大人だって一緒ではないでしょうか?仕事でクタクタに疲れて家に帰った時「お帰りなさい。」と笑顔で迎えてもらえたら、ホッとします。大げさな表現ですが、この社会を“戦場”に、また、社会で働いて疲れ果てている人を“傷を負った戦士”と例える人がいます。戦士は平和な空気を吸いたいのです。ホッとできる場所が誰にも必要なのです。
毎年のことですが、春休みにはたくさんの卒園児達が顔を見せに来てくれます。懐かしい教え子達が「せんせーい!」と走り寄って来てくれます。随分前の卒園児達は、すっかり私の身長を追い越しています。(私の身長くらいすぐに抜かせるでしょうが…)嬉しいニュースを持ってきてくれる子、今の生活ぶりを楽しそうに話してくれる子…。
だけど、そんな明るい気持ちで来る子ばかりではありません。道に迷い出口が見つけられず、苦しみながらやっとの思いで幼稚園に来る子や、友達とうまくいかなくて学校に行くことができなくなってしまった子もいます。その時は、全ての子供達が幸せになると信じて幼稚園から送り出したはずだったのに、私達の手から離れた所で苦しんでいた事を知らされると、胸が締め付けられるほど苦しく悲しく、その子の事が愛おしくなるのです。一人の子がその後こんな言葉をくれました。『幼稚園は、私にとって全ての始まりで、ここが私の原点なんだなぁって思いました。幼稚園に行って、すごく癒されました。また行きます。ありがとうございました。』──以前にも、“葉子せんせいの部屋”で、『私達の仕事には終わりはない』と書いたことがあります。まさしくこの事です。私達の手から離れ、たくさんの人達と関わりながらいろんな思いをして生活しています。傷を負った時、疲れた時、迷った時、どうしたらいいのかわからなくなった時に、この幼稚園を思い出して来てくれる事が嬉しいのです。私達ならこの子達に何かがしてやれそうな、うぬぼれに近い気持ちになるのです。勿論、その子達は、何かをしてもらいたくて訪ねて来るのではありません。ただ、そこにあの頃の自分をわかっていてくれる先生がいるから来るのです。
先日、『五体不満足』(講談社)の著者である乙武洋匡さんが、あるテレビ番組に出演されていた時の話です。この本を出版してからというもの、テレビ出演や取材、講演会講師の依頼が殺到し、その忙しさや生活ペースの乱れによる肉体的精神的ストレスを抱え、この本を書いた事を後悔される程で、各方面からの依頼は、ご本人だけでなく、ご両親にまで……。だけど、かたくなに断り続けるお母様に乙武さんはある日「どうして、こんなに依頼があるのに、応じないの?」と聞かれました。すると、お母様はこう答えられたそうです。「私達までそちらの世界に入ると、あなたが帰る場所がなくなってしまうでしょ。私達は、傷ついて帰るあなたの居場所になりたいの。」──。私はこのお母様の言葉に感銘を受けました。家族皆が、同じ方向を見て心ひとつに一生懸命になるのも大切な事ですが、必死になり過ぎて疲れてしまったり、八方塞がりになってしまうという事もあります。疲れきった気持ちを癒してくれる場所は必要です。傷ついたり、苦しんだりしているのがわかっていても、あえて、黙って何も聞かない触れないという優しさも必要な時があるのです。乙武さんのお母様の言葉に温もりを感じました。
苦しんでいる時ふっと幼稚園を思い出して、訪ねてきてくれる子供達を私達は両手を広げて温かく迎えてあげようと思っています。嬉しい事があった時はもちろんですが、辛い時こそ“帰りたい”“帰れる”そんな場所を用意していてやりたいと思っています。
家族や家は、もっとそんな場所でなくてはならないと思うのです。
2007年5月1日 2:45 PM |
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今年度最後の“葉子せんせいの部屋”です。理事長から引継ぎ、何とかこの1年書き続ける事ができました。皆さんの心に、何かを残す事ができたとしたら本当に嬉しいです。
今回は、私が、年度末になると思い出す今から14年前のある出来事をもう一章、先生の手から巣立つ子供達に、贈りたいと思います。
修了式・卒園式を目前に…』
たくさんの思い出を残して幕を閉じる3月、1年間を共に過ごしてきた子供達との別れはとても寂しい。毎年の事ではあるが、その年その年の子供達への想いがあり、何とも言えない物悲しさがある。子供達もまた、私達と同じ気持ちを味わっている。
年中・年長と続けて私のクラスだったさー君と呼んでいた一人の男の子と私との間にこんな事があった。
田 房「本当に、本当にさよならだね。先生はさー君が1年生になれて嬉しいのが半分、さよならする事の寂しいのが半分で変な気持ちよ。」
さー君「どうして?」
田 房「だって、ずっと仲良しだったのにね。」
さー君「じゃあ、僕にまかせて!」「一緒に1年生になれるようにしてあげるよ。」
田 房「ええっ!どうやって?」
さー君「校長先生に頼んであげるよ。前は園長先生(現 理事長)に頼んであげたから同じクラスになれたでしょ。(年中組から年長組になる時に彼は葉子先生と同じ組にしてくださいとお願いに行った事があったのだ。)今度は学校だから、校長先生に頼まなくっちゃダメなんだ。」
それから、入学説明会などで何度か学校に行く事があり、彼は校長先生に直々にお願いしようと試みたようだが、その勇気がなかったのか翌日幼稚園に来て「昨日も言えなかったんだ…。」と小さな声で報告してくれた。彼の本気な様子に、それは無理な話だという事をどう話してやろうかと考えると、ただただ辛かった。ついに明日が卒園式。その夜、家の電話が鳴った。
田 房「もしもし、田房です。」 電話の向こうからは、何も聞こえない。しばらくするといきなり子供の声で…
さー君「あのねぇ、ぼくと園長先生とどっちをとる?」その声は確かにさー君だった。驚いた。
田 房「さー君、どうしたの?」
さー君「あのね、さっき園長先生に電話したんだ。葉子先生と一緒に1年生になってもいいですか?って。そうしたらね、園長先生は『困ったなぁ、園長先生も田房葉子先生がいなくなっちゃうと寂しくなるからねぇ。園長先生には決められないから、葉子先生にどうするか決めてもらったら?』って言われたんだ。もうぼくにも決められない。ねぇ先生!ぼくと園長先生とどっちをとるか決めて!」
彼のお母さんの話によると、自分で電話番号を調べて園長先生に電話をしたという。私は、彼が受話器の向こうで一生懸命話している声を聞きながら泣いていた。さよならが迫っているという実感と彼の気持ちの重みを感じ、心で『ありがとう』と言いながら、ただただ泣いていた。涙声をおさえて、「さー君ありがとうね。明日はかっこよく卒園証書を受け取ってね。」…そう言うのが精一杯だった。
電話をきって、私は心を落ち着かせ、彼に手紙を書く事にした。明日はきっと涙で言葉にならないと思ったからだ。
翌日、ついに来てしまった卒園式。式の間ずっと一人ひとりの顔を見ながら、その子達との日々を思い出していた。式が終わり、私はさー君に手紙を渡した。
田 房「さー君、昨日はお電話ありがとう。これに昨日のお返事を書いておいたから、家に帰って静かに読んでね。」
さー君「うん。ありがとう。」
田 房「また遊ぼうね。」「幼稚園に遊びにおいでね。」「元気で頑張ってね。」
一人ひとりに声をかけ手を振った。
その夜、彼のお母さんから電話がかかった。
母 「お手紙をありがとうございました。彼は、声を出して読んでいたのですが、4枚目から急に聞こえなくなって…。あの子、目を押さえて泣いていました。『何だかわかんないけど、涙が出てくるんだよ。』って。」今は、まだその涙の意味が彼自身にも理解できなくても、彼の人生の中で同じような場面に出くわした時、初めてその意味をわかってくれるだろう。私はその手紙にこう書いた。
「だいすきなさーくんへ。
きょうは、そつえんおめでとう。せんせいはいま、こころをこめてこのてがみをかいています。さーくんとのおもいでがたくさんできて、せんせいはとってもうれしいよ。よーくかんがえたんだけど、やっぱりせんせいはいちねんせいにはなりません。さーくんが、にゅうえんしてくるとき、せんせいはどんなおとこのこかなってたのしみにまっていました。そして、おもったとおりとてもすてきなさーくんでした。さーくんのにゅうえんをたのしみにまっていたあのときのようこせんせいとおなじように、こんどは、がっこうで、さーくんをまってくれているせんせいがたくさんいるはずです。これからは、たくさんのひととであい、うれしいことやたのしいこと、そしてかなしいこともけいけんしてほしいの。
『こんにちは』ってであったら『さよなら』だってあるんだよ。すこしむずかしいかもしれないけれど、そうしていくうちにもっともっとさーくんはすてきになれるんだよ。せんせいは、いつでもさーくんのみかただからね。いままではさーくんのちかくでおうえんしていたけど、こんどは、ちょっぴりはなれたところからさーくんをおうえんしているからね。きっときっとがんばってね。
さーくんのこと、ずーっとすきだよ。
さーくんのこと、ずーっとわすれないよ。
ほんとうにたくさんのおもいでをありがとう。
たぶさようこせんせいより」
2007年3月20日 6:26 PM |
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