年末の嬉しかったこと(平成13年度)平成14年1月

子供たちの体操服で、来年度から長袖の体操服も揃えるかどうかを、職員会議で検討していて、見本を見てみることとなり、2学期も終わりに近い頃、業者に依頼しました。その1週間後、三次中央幼稚園用のオリジナルのデザインをもとに作った体操服を数点持ってきてもらいました。その服を見ながら話し合い、子供たちに着させてみようと、年長組の男の子と女の子一人ずつ園長室に来てもらいました。二人は、「しつれいします!」と園長室に入って来たものの、何の用事で呼ばれたかを知らせていなかったので、二人とも神妙な顔をしています。


「あのね、新しい体操服が、どれが似合うか、ちょっとモデルになってくれないかな?」と言うと、「やった~、ラッキー」と言って、自分たちの服を脱ぎ始め、下着だけになってくれました。ところが、すぐに着てくれるのかと思いきや、二人とも正座して、脱いだ服を丁寧にたたみ始めました。「すごい! 二人とも偉いね~」と、思わず声を発してしまいました。服を揃え終わって、それぞれデザインの違う体操服を着てくれました。周りで見ている大人の、「かわい!」と言う声を聞きながら、他のデザインの服もいろいろと試着してくれました。


「ありがとう。これで終わったから、脱いでいいよ」と言うと、体操服を脱いで、自分たちの服を着始めました。服を着終ると、また正座して、試着した体操服をたたみ始めるのです。またも、「すごい」と思いながら感心しながら見ていると、とても丁寧に折りたたんでいます。そして、たたみ終わると、両腕の手のひらに乗せて、業者の人に、「ありがとうございました」と言って、ちゃんと返しているのです。
「二人ともすごい! 偉い。とっても素敵よ。ありがとう」と、またまた、ほめずにはいられませんでした。


いや~ 不覚でした。保育室には、時々、子供たちの様子や活動を見に行くのですが、お帰りの支度のころになると、私も園長室に帰っていたので、服を着替えている様子をあまり意識して見ていなかったのです。
その感激した様子を先生たちにも伝え、そこまできちんと育ててくれていることのお礼も言いました。数日後の終業式の日には、その二人の子を、子供たち全員の前に立たせて、その出来事を紹介しました。
「園長先生ね、この前、とってもうれしいことがあったんだよ。ここに立ってくれている二人のお友達に、『新しい体操服はどれがいいかな~』と、いろいろな服のモデルになって着てみてもらったんだけど、終わったら、体操服をきちんと折りたたんで、『ありがとうございました』と言って、服を持って来てくれたおじさんに返してくれたんだよ。園長先生、感激したんだよ。とってもうれしかったんだよ。きっと、年長さんぐらいになると、みんなもできるようになっていると思うけど、とってもうれしかったから、皆さんに紹介しました」と話しました。


そのことで、とても心地よい思いで二学期を終了しましたが、この冬休みも卒園児が幼稚園に尋ねてきてくれました。それも、8月31日の大晦日の日に、昭和56年3月、第10回卒園児の雅敏君と、58年3月、第12回卒園児の忍君の二人の兄弟が来てくれたのです。お兄ちゃんは27歳の183センチ、弟は25歳の178センチと体格の立派な好青年になっています。


しばらく一緒に幼稚園の園庭を見て回りました。水車や動物園のこともしっかり覚えていましたが、幼稚園の様子が当時よりずいぶんと変わっていて、目を丸くしていました。しばらくして、園長室に案内しましたが、二人とも玄関で靴をきちんと揃えなおして、改めて挨拶をして、園長室に入ります。
この二人のことで私が一番覚えているのは、三次中央幼稚園のママさんバレー部で、夜、市や小学校の体育館を借りて練習をしていて、私も時々練習を見に行っていましたが、その時に、一緒に来ている子供たちの子守役のように、肩車やおっかけっこをしたり、バレーボールを一緒に蹴ったり投げたりしてよく遊んでいました。その中の2人が突然、大人になって来てくれたのですから、懐かしさや嬉しさ、そして、喜びとともに、年月の経過を身にしみて感じることとなりました。
その二人の苗字は福原君。お兄さんは広島の企業で働いています。そうです。弟の忍君は阪神タイガースのピッチャーです。


昨年の1年間、建築工事や、保育園の認可に関する国や県、社会福祉・医療事業団等に提出するさまざまな書類に追われ、土日も無く仕事をしていた私にとって、この二つの心休まる出来事は、一年間の疲れを一度に吹っ飛ばしてくれた感じがしています。
正月になっても、動物たちのえさやりや動物小屋の掃除を欠かすことはできません。正月2日、3日には大雪となりました。

手が凍てつく寒さの中で水を流しながら小屋を洗うのですが、大人になっても、「動物のことをしっかりと覚えている」と言ってくれた、福原君兄弟の言葉を思い浮かべて、楽しく掃除ができました。
私たちは、子供たちのより望ましい発達や成長を求めて仕事をしていますから、子供たちの成長振りを感じるたびに、子供たちから大きな感動や喜びを貰います。誰か悲しい思いをしている子供がいると、一緒に悲しんで、その悲しみを受け止め、分かち合います。それが私たちの仕事なのです。嬉しいことも悲しいことも、ともに生活する中で、人間としてのかかわりを深めながら、子供たちがより心豊かな人間に育ってくれることを願っているのです。保護者の皆さんがわが子の成長を願われるように、卒園してからも、ずっと気にしているのです。


卒園していった子供たちは、大人になったころには、幼稚園でのことはほとんど忘れています。それでいいのです。忘れてしまっていても、「いまのあなたの心と体には、きっと、幼稚園での生活で培ったことが根付いてくれている」と、信じていますから。
今年もいいスタートができる年末の心地よい二つの出来事でした。

たき火(平成13年度12月)

11月19日(月)は、参観日の振り替え休日でしたが、プレイルームの子供たちは、朝から幼稚園に登園して来ました。その日の午前中、園庭に出てみると、子供たちが先生と一緒になって落ち葉をいっぱい集めて遊んでいます。「なにしてあそんでいるの」と尋ねると、子供たちは、「たき火ごっこをしているの」と応えます。


「そう、サツマイモを焼くんだ~」と言うと、そばにいたあずさ先生が、「この前の避難訓練のときに、消防署から来られた消防士さんに『たき火をして、いも焼きすると子供たちがきっと喜ぶでしょうね』」と話したら、「消防士さんに『葉っぱを焼くのは大丈夫ですよ』」と言われてたんですけどね。」と、にこやかにい言ます。「ごっこ遊びじゃなくて、サツマイモがまだ残っているのだから、本当に焼いたら」と私が言うと、きっと、園庭で落ち葉を焼いてはいけないと思い込んでいたのでしょう。先生のほうが「え!! 本当に火をつけても良いんですか?」と驚いています。
先生は、さっそく、子供たちに、「ほんとうにやきいもしてもいいんだって! みんなやろう!やろう!」と声をかけると、子供たちは大喜びで、「え~ ほんとうに?」、「やった!!」と言いながら、必死になって、再び落ち葉を拾い始め、落ち葉の山を作り始めました。私は、ほかの仕事が忙しく、ずっとそこにいることができませんでしたので、ここから先の話は、子供たちと一緒にたき火をしたあずさ先生に書いてもらいました。


あずさせんせいの記録から
本当に火をつけることなんか半信半疑だった子供たちは、「よしゃ~!!」と掛け声をかけながら落ち葉を砂場用のスコップで集めています。気がつくと、プレイルームの子供たち全員が落ち葉集めに夢中になっています。「スコップでは砂が入って燃えなくなるよ。砂が入らないようにしよう」と言うと、「分かった!」と言って、砂が混ざらないように、素手で丁寧に落ち葉を集めます。

子供たちの、小さな手いっぱいに落ち葉を抱えて、何度も何度も運んできます。ついに、葉っぱの山ができて、物置小屋にサツマイモを取りにいくことになりました。「もってきたよ~」と見せてくれたお芋は、どれも大きなものばかりでした。

いざ、お芋を焼くぞというとき、子供たちは、このお芋を洗ったほうが良いか、洗わないほうが良いか、もめ始めました。食べ物だから洗うのは当然と言う女の子と、洗うと濡れるから火がつかないと言う男の子、結局、「洗ったあと、きれいに拭いたらいいんじゃ~」と言う女の子の一言で解決。せっせと洗って水分をふき取り、落ち葉の山の中に入れます。点火用に新聞紙をくしゃくしゃに丸めて、いざ点火!! 誰からとなく歌い始めた「たき火の歌」。おそらく、ほとんど、生まれて初めてたき火を経験する、子供たちの、ワクワクドキドキとしている気持ちが伝わってくる感じです。


ふと見ると、砂場のバケツに、いつの間にか水を汲んで持ってきてくれています。先日の、避難訓練のときの消防士さんの、お話が生かされています。火をつけて、みんなで「たき火だ♪たき火だ♪」と歌うものの、新聞紙だけが燃えて、葉っぱには、なかなか火がつきません。私が困っていると、Kくんが、「生の葉っぱじゃけ~よ~」と、一言。遠い昔、私のおばあちゃんがしていたたき火にあたったことはあるけれども、たき火に関しては初心者に近い私は、「そうか~」と、妙に感心しながらも、どうにか火をつけなきゃと、必死です。


そんな様子を見かねてか、園長先生が登場。まさしく救いの神!!
「先日の園外保育で拾った木をもってきてごらん」、「こういう風に風を送るんだよ」等々、教えてもらいながら、その指示を、すばやく行動に移す子供たち。私があんなに頑張っても燃えなかったのに、園長先生の手にかかると、「あ~ら不思議」、あっという間に火がおこり、パチパチと木や落ち葉が燃え始めました。そこに、「ああ、懐かしい、いい匂い!!」と、深呼吸をしながら文子先生もやってきました。


火をつけて間もないのに、火を囲んでいた子供たちは、「もうできた?」、「もう食べられる?」と、口々に聞いてきます。食べ物の出来上がりを、今か、いまかと心待ちにする経験は、おそらく、この子たちは、あまりしたことがないのだろうなと思いながら、「まだ、まだだよ」と言いながら、うちわであおぎ続けていました。


そうしている間に、お昼になったので、「火は先生が見ているから、とりあえず、給食を食べておいで」と言うと、「急いで食べてくるけ~ね」と、名残り惜しそうにプレイルームに入っていきました。その中で一人の男の子が、「あずさ先生がさびしけ~ ぼくもおってあげるよ」と言います。「ありがとう。大丈夫だよ。ごはん食べておいでよ」と言っても、「ここにおる」と言って、結局、2人で火が消えないように見守ることにしました。
(2人でこっそり食べたおイモのおいしかったこと・・・・・・)


園長先生に、度々、火の様子を見にきてもらったおかげで、そろそろ、お芋が焼け始めたころ、タイミングよく現れる直子先生、休暇のはずの美穂先生や一樹先生とその家族。「たき火って、人を寄せ付けるパワーがあるのかしら・・・・・?!」。お昼を食べ終えた子供たちが、また外に出てきた頃、1つ、また1つと、お芋が焼けてきます。アツアツのホクホクのお芋を口にしたときの、あの満足そうな子供たちの表情は最高でした。しかも、ちゃんと、年少のうめ組さんから先に食べさせてくれる、年中・年長のもも組・さくら組さんの、いたわりの心があふれている様子を目の当たりにして、異年齢とのかかわりの中で、夕方まで一緒に生活することで、しっかりと相手を思いやる気持ちが培われていることを、うれしく思いました。

ヤキイモは、一人ひとりがおなかいっぱいになるほどの量ではなかったかもしれないけれども、なんだか、ものすごく満たされて、おなかも心も温かくなったような気がします。この1つのたき火の周りで、子供たちと一緒に、いろいろなことを感じ、すてきな経験ができたという、満足感でいっぱいの一日でした。

おべんとう(平成13年度)11月

先日、昼時に、子供たちの様子を見ようと、保育室を一階のうめ組から順番に回って行きました。そして、ちょうど、給食弁当を並べて、コップにお茶を入れてもらいながら、準備が整うのを待っている年長組の部屋に入りました。

部屋の隅に座ってしばらくその様子を見ていたら、担任が、「園長先生もみんなと一緒にお弁当を食べられるといいのにね」と、子供たちに声を掛けました。見ると、お弁当が2個ほどかごの中に余っています。続けて、「みんな! 園長先生と一緒に食べたこと無いよね」と促すように担任が言うので、「あのお弁当は食べても良いの」と聞くと、「急に欠席した子の弁当が余っているんです。いかがですか?」と言うので、「じゃあ、園長先生もみんなと一緒に食べようかな?」と言うと、子供たちみんなが「いいよ!」と言ってくれます。そして子供たちが、お弁当とコップと箸を持ってきてくれました。

お当番さんの合図で、「合掌、いただきます」と子供たちと一緒に唱和して食べ始めました。年長組にもなると、いろいろなことを話題にしながら食べています。その様子を、ほほえましく想いながら見ていました。そこで、「なんだか園長先生がお父さんみたいで、みんなの先生がお母さんみたいだね」と私が言うと、女の子が、「そうだよ、わたしたちみんなが二人の子供だよ。先生、子供全部で何人産んだん?」と、話を合わせてくれています。そんな話を始めて間なしに、私の給食弁当は空っぽになってしまいました。「園長先生、もう全部食べちゃったよ。おいしかった!」と言うと、みんな、「すごい、すごい」と言ってくれます。もう一個食べても良いかな?」と言うと、「園長先生すご~い」と言って、もう一つのお弁当を持ってきてくれました。

また、会話が戻り、担任が、「この前、見学実習に来た先生のときしたように、園長先生にも質問してみようか」と子供たちに声を掛けると、さっそく、「園長先生は食べるもので何が一番好き?」と質問が来ました。ところが、私の方は改めて好きな食べ物はと訊かれると、困ってしまいました。考えてみると、嫌いな食べ物が無く、何でも美味しく喜んで食べているので、急には特定できず、「園長先生は何でも大好き」と応えたものの、子供の期待の返事とは違っていたようで、納得していない様子です。

しばらく考えて、思いつきました。「わかった、園長先生の一番好きなのはお酒」と言うと、なにかしら納得してくれたようです。実は、結婚して依頼、晩酌を欠かしたことがないのです。
次の質問が来ました。「園長先生は何歳ですか?」と訊くので、逆に「何歳に見える?」と訊くと、「45歳」と言います。「そう、正解!園長先生は45歳」と言うと、「そうだと思った。お父さんより1つ多い」と言って、これもすんなりと納得してくれています。


今度は、「園長先生どうしてメガネをかけているんですか」と来ました。そこで、とっさにメガネを外して、「ね~、メガネを外した顔とメガネを掛けている顔、どっちがかっこいい?」と訊くと、みんな「メガネ!」と言うので、「そうでしょ、だからメガネを掛けているんだよ」と言うと、これも納得してくれたようです。


「じゃあ、今度は園長先生がみんなに訊いて良いかな?」と訪ねたら、「良いよ」といって、みんなしっかりと応えてくれます。そんな会話をしているうちに、2個目の弁当も食べ終わりました。そして、子供たちみんなも食べ終わり、「ごちそうさま」をして、しばらくすると、女の子二人がやってきて、「あの~、質問があるんだけど」と言います。「いいよ、な~に?」と訊いても、なかなか質問が来ません。二人とも下を向いて恥ずかしそうです。「お弁当、もう一ついるんだった?」と訊くと、首を横に振ります。「じゃ、園長先生と結婚したいん?」と言うと、また首を横に振りながら、「本当はどうしてメガネを掛けているの?」と、小声で訊きます。格好良いからでは納得していなかったのです。


本当に、何年かぶりに子供たちの中に入って一緒にお弁当を食べました。私の方は、国や県への様々な書類の提出に追われて、今年に入って、土日もない忙しい日々を送っていましたので、子供たちの優しさや思いやりのある心遣いを感じながら、とても和やかな雰囲気と、子供たちの落ち着いて生活している様子に心を和まされながら、楽しいひとときを持つことができました。今度は他のクラスでも一緒に食べたいなと思っています。


同じ日に、年少組の先生が、年長組の女の子のお母さんからお手紙を戴いていたのを見せてくれました。
昨日、バスから降りるとき、K子がおいもを自分で持った本当の理由が分かりました。『先生の手、ケガしとるけ~、痛いじゃろ~な~と思って自分で持った』、そう話していました。おいも掘りのとき、ケガをされてバンドエイドをはった手がとても痛そう… かわいそうに思えたらしく、自分で持たなきゃ!という気分になったみたいです。親バカですが人のことを心配できるくらい成長していたんだなぁ…と感激してしまいました。(以下略)」 

 
いえいえ、親バカなんかではありません。先だっての木曜日育児サークルに、2歳の子供を連れて、始めて幼稚園にこられたお母さんが、「園児たちが小さい子にとても優しくて素敵な子ばかりですね」と感心されていました。本当に、みんな思いやりのある優しさと強さを持った子供に育ってくれています。
そんな素敵な子供たちと一緒に生活できる喜びを感じています

あいさつ(平成13年度10月)

2学期が始まって間なしに、朝、幼稚園の正門に立っていると、バスで登園してきた子供たちが、一様に元気がないのです。「おはよう」と声を掛けても、「ちらっ」と私の方に目をやるだけで、あいさつをしてくれません。しかも、だらだらだらだらと歩いているのです。次の日も同じなのです。先生たちにそのことを話すと、私と同じように感じていました。しかも、1学期もそうだったと言うのです。また次の日も、しきりに「おはよう」と声を掛けるのですが、いっこうに返事が返ってきません。とにかくみんなだるそうで元気がないのです。


このことで推測したのが、どうも睡眠不足ではないかということでした。最近の家庭は、夜型傾向が強くなっていると言われます。テレビゲームやファミコンに夢中になれば時間は瞬く間に過ぎてしまいます。そのため子供たちも、結構、遅くまで起きている場合が多く見られます。そのせいで、朝早く起きることができなくて、幼稚園に行く時間が近づいてきて、無理やりに起こされ、目が開いていても、脳や身体がまだ起きていない状態で来ているのではないかと、あれこれと考え込んでいました。


朝ご飯にしても、起きたばかりでは食欲がありません。朝食の1時間ぐらい前には起きていて欲しいものです。朝食をきちんととってくると、昼食もしっかりと食べることができます。朝食をとらなかったら、お昼にはお腹がすいてたくさん食べられるように思われがちですが、逆なのです。朝食をちゃんと食べると、昼にはきっちりとお腹がすいてくるのです。
中には、口におむすびを放り込まれて、その口をほおばったまま、慌ててバスの停まるところまで走ってくる子も、時々、見かけられます。食べないまま登園する子もいます。


私が子供のときは、小学生からの記憶ですが、夜8時が限度でした。日が暮れるまで遊んで、風呂に入って、夕食が済んだら「バタン・キュー」で寝ていました。朝6時の起床でしたから、10時間はしっかりと寝ていました。「寝る子は育つ」と昔から言われているように、今でも、子供の健全な発達には10時間の睡眠が必要と言われています。子供は全身を使って、一日中、動き回ります。雨の日など外で遊べないとなると、部屋中を走りまわって、運動不足の身体の調整をしています。ところが、余り動き回らない生活が続くと、身体も慣れてしまい、テレビゲームの前で何時間座っていても平気になってくるのです。


話はそれますが、今、幼稚園に併設の保育園等の新築工事で、いろいろな業種の方が工事に携わっています。工事を請け負った建設会社の他に、水道工事、電気工事、大工工事、左官工事、塗装工事、鉄工事、板金工事、硝子工事、建具工事、土工事、ナマコンの搬入、型枠工事、足場工事等々、様々な業種の方にお世話になっています。時々、工事の様子を見に行くのですが、その中で、ある業種の会社の方全員が、「おはようございます」、「お世話になっています」と、必ず丁寧にあいさつをされるのです。その会社の社長さんは、たばこを吸っても、携帯用の吸い殻入れに入れて、ポケットに納められます。もちろんあいさつも丁寧です。これも昔から、「この親有りて、この子有り」と言われるのと同じように、「この社長ありて、この社員有り」と実感するほどなのです。そのあいさつだけで、私のその会社に対するイメージは抜群に良いのです。その会社の人に会うのが楽しみに思うほどなのです。そのあいさつに出会うと、一日が気持ちよく過ごされるのです。私も意識して、他の業種の人にあいさつをするのですが、中には、返事の返ってこない人もたくさんいます。人とのかかわりあいの中で、良い関係を保つためには、あいさつはとても大切なのです。


そんなことを想いながら、バスから降りてきて、元気がなく、あいさつもしない子供たちが多いので、ずっと気になっていたのです。家庭でも、周りの大人が、毎日、「おはよう」と声を掛けてもらっている子供は、幼稚園に登園してきても、子供の方から、ちゃんとあいさつをしてくれます。でも、今回は、バスから降りてくる子の多くがそうなので気になっていたのです。


でも、やっとそれらしい原因が分かりました。最近はずいぶんと涼しくなってきました。そのころから、もとの元気な子供の姿が見られるようになり、あいさつもしっかりしてくれるようになってきました。きっと暑かったのです。今年の夏は、6月頃から異常なほどの猛暑が続きましたが、余りにも暑すぎて、子供たちはその寝苦しさから、充分な睡眠が採れなかったのではないかと思います。


やはり、睡眠不足は、子供たちの一日の生活に大きく影響するのです。小学校に入学しても同じことが言えます。睡眠不足や朝寝坊をしたまま学校に行くと、脳や身体が目覚めるまで時間がかかります。頭の回転が鈍く、勉強にも集中できないのです。


「早寝早起き、よく食べよく寝る」、これが、子供の成長にとっての基本原則です。そして、あいさつは人間関係の潤滑油なのです。あいさつは、周りの大人がが積極的にあいさつをすることで、身に付いてきます。9月30日は運動会です。子供たちの元気な姿を目の当たりにしてもらえるものと思います。

カモの赤ちゃんと象さん(平成13年度)9月

昨年の夏休みはプールの新設工事や園庭整備工事等で夏が過ぎましたが、今年も夏休みの間中、幼稚園舎の改装工事でした。

保育室の壁や天井を塗り替え、掲示板になっている壁も張り替えました。周りがきれいになると、黒板や床の汚れが目につきだして、これも早いうちにきれいにしなくてはと思っています。

トイレも全面改装をして、床も便器も全部やり替えました。今までは洋式便器が一個だけでしたが、今度はすべて洋式便器で、便器もドアもカラフルで明るい素敵なトイレになりました。

テラスにあった下駄箱も取り払い、新しく保育室の壁側に付けたので、開放感のある広いテラスとなりました。階段も手すりを木製に取り替え床もきれいになりました。

1学期の終わりに平屋園舎の取り壊しによって湯沸室がなくなっていたので、これも新築しました。そして、園舎の壁も塗り替えて、ピンクとブルーのコントラストの明るい園舎に変身です。

園庭の砂場も新しく作り替え、移設していた樹木の植え替えも済ませました。夏休みが終わって、園児が登園して来たときに、リニューアルした幼稚園を見て、どのような反応を見せてくれるかを楽しみにしながら、異常に暑かった夏休みを、元気に過ごすことができました。


夏休みの間もプレイルームの子供たちは毎日元気に登園してきて、毎日のようにプールあそびやセミ捕りをしながら、幼稚園がどんどんきれいになっていくのを楽しみに見守ってくれていました。


そんなある日、お当番さんの4人の子供たちが事務所に「牛乳をください」と、取りに来ました。その中の1人、年中組の女の子のYちゃんが、「私、牛乳は飲まないの」と言うので、「牛乳をいっぱい飲んだら大きくなれるよ」と言うと、Yちゃんはすかさず、「大きくならなくていいの。小さい方がかわいいの。カモの赤ちゃんだって小さくてかわいいでしょ」と、すまし顔で言っています。カモの赤ちゃんが産まれたとき、本当にかわいかったのです。園児も先生もお母さん達も、小さなカモの赤ちゃんを見ては、「かわいい!かわいい!」と言っていたので、自分も「かわいい」と言われるには、小さい方が良いのだと、そう思っていたのかもしれません。そんなカモもすっかり大きくなり、所狭しと池の中を泳いでいます。


今年も大学院の寮生活で一緒だった友だちの家族がお盆前に泊まりに来てくれました。その時に産まれた女の子が、もう3歳になって、鹿児島県内の幼稚園年少組に通っています。この子は、「大きくなったら、何になりたい?」と聞かれると、「ぞうさん!」と応えます。お母さんに似て小柄な子なのですが、周りの大人から、「いっぱい食べたら大きくなれるよ」と度々言われているらしく、大きいことが良いことだと思っているようです。

このように、大人の何気ない言葉でも、しっかりと聴いているし、真面目に受け止めています。このような大人の語りかけの中からも、自分自身(自己)を捉えているのです。
それだけに、逆に、からかい半分のような言葉かけや、テレビ等の低次元の娯楽番組でのふざけたような下品な言葉や行為は、子供自身の理解の範囲を超え、少しずつ自我(自己意識)を形成しつつある幼児にとって、精神的な混乱を招きます。


話は専門的になりますが、心理学の中で、ホスピタリズム(施設病)という用語があります。これは、乳児院、養護施設、病院等に家庭から離れて長期間養育された子供に見られる病状ですが、原因は母性刺激の欠如、母子分離、多数母親制等に由来すると言われており、その症状は身体発達遅滞、知的発達遅滞、情緒障害、対人関係の障害等です。このような施設では、今はずいぶんと改善されてきて良くなってきていますが、昔のように、人数の少ない人的環境に恵まれていない施設でよく見られた病状ですが、近年の実の母親や義父による乳幼児の殺害や児童虐待等の様々な痛ましい事件を耳にする度に、母親と家にいても母性刺激の不足や母子分離の状態が多くあるのではないかと思います。

いじめも、母性刺激の欠如から来る対人関係の障害なのかもしれません。我が子に虐待行為をする親や厳しすぎる親は、自分も虐待を受けて育てられたり、厳しく育てられすぎて、親の愛情を感じないで育った人の場合が多いと言われます。自分が虐待を受けて育ったから、厳しく育てられたから、我が子だけは愛情いっぱいに育てようと思っていても、愛されて育った経験がないので、どのように育てて良いのかわからなくなるのだと思います。ちゃんと育てようとしていても、あるいは、しようとすればするほど、いつの間にか虐待に近い子育てになっているのです。

 
幸い、我が園の保護者のみなさんは、本当に愛情いっぱいに、ほほえましく楽しい家庭を築いていらっしゃると信じています。そのことは、お子さんの天真爛漫な姿や子供たちの会話の中からも、しっかりと感じ取ることができます。だからこそ、みんな仲良しです。友だち同士のかかわりあいの深さもすばらしいものがあります。
周りの大人の豊かな言葉かけや親子の会話、絵本を読んでもらったり昔話を聴かされて育った子は、しっかりと親の愛情を受け止めて育ってくれます。親子とも人生で一番幸せなときなのです。たとえ育児が大変であっても、心の持ち方次第なのです